テレビ放映

ブラタモリ大阪編の放送内容は?ロケ地を巡ってみた。

 

NHKで放送されている『ブラタモリ』。

そのブラタモリで2016年にタモリさんが大阪を巡っていたとのことです。

その時はまだ大阪に住んでいなかったので、生では見ていませんでしたが、ネットの情報を基にテレビで放映された場所を巡るとともに大阪の歴史を勉強し直しました。

 

ブラタモリとは?

以下、NHKのホームページより引用

『町歩きの達人・タモリさんが、“ブラブラ”歩きながら知られざる町の歴史や人々の暮らしに迫る「ブラタモリ」。ある土地のナゾに導かれ、それを解明しようと、今話題の出来事や町に残された様々な痕跡にタモリさんが出会いながら、町の新たな魅力や歴史・文化などを再発見していきます。』

『ブラタモリ』はNHK総合で毎週土曜 19:30~20:15放送されています。

プロデビュー29連勝を達成した史上最年少棋士である藤井聡太七段も普段TVはほとんど見ないそうですが、『ブラタモリ』は良くみるそうで、その縁からタモリさんとの対談も実現しています。

 

ブラタモリ大阪編とは?

 

ブラタモリ大阪編は以下のとおり、第53回、第54回の2回にわたって放送されました。

第53回:2016年11月5日放送 大阪~大阪はなぜ日本一の商都に?~

第54回:2016年11月12日 大阪城・真田丸スペシャル~大阪城はなぜ難攻不落?~

それぞれの放送内容は、以下のとおりです。

ブラタモリ、初の大阪へ! 「太閤はん」こと豊臣秀吉のまち・大阪。やってくる観光客はなんと年間1億人。江戸時代には「天下の台所」とまでいわれた日本を代表する大都会です。しかし、秀吉が大阪城を築いて本格的なまちづくりに乗り出す前は、大阪の街に南北に伸びる高台・上町(うえまち)台地のふもとは広大な湿地帯がひろがる土地でした。そんな大阪が、どうして「日本一の商都」にまで成長することが出来たのか?タモリさんがブラブラ歩きながら、大阪の知られざる秘密をひも解きます。
まず向かったのは、日本一の高さを誇る高層ビル・あべのハルカス。60階の展望台から見下ろすと・・・大阪の地形の秘密が明らかに!? 秀吉のまちづくりの特徴?ビルとビルのあいだで急に町の名前が変わる驚きの理由とは?東西にまっすぐ伸びる道の途中でタモリさんが気付いた謎のカーブ。これが、「日本一の商都」の決め手になったって・・・いったいどういうこと?何と秀吉のつくったインフラがいまだに現役!?その名も「太閤下水」。地下に潜入したタモリさんが発見したものとは?

(NHKのホームページより引用)

第53回『大阪~大阪はなぜ日本一の商都に?~』

今回の舞台は、名城として知られる大坂城。豊臣秀吉が天下統一の拠点として築いた大坂城は、当時“日本で最も堅固で難攻不落の城”と呼ばれるほど。1614年の大坂冬の陣では、“真田丸”という出城を築き、徳川の大軍を撃退した事でも有名です。現在放送中の、大河ドラマ「真田丸」も大坂冬の陣を目前に、いよいよ佳境!そこで今回のブラタモリでは“真田丸スペシャル”と題し、大坂城が難攻不落だった理由を、絵図や地形をもとに様々な角度から徹底的にひもときます。 年間230万人が訪れる観光名所・大坂城ですが、実は、今我々が見ている巨大な石垣や深い堀は、“秀吉の大坂城”ではなく、豊臣家が滅亡した後に、徳川家がつくったものなんです。しかし、城内にたった一カ所だけ“秀吉の大坂城”の痕跡があった!地下深くに眠る太閤の遺産にタモリさん大興奮!そして大坂城の北、京橋駅の近くにある一見普通の道路。実はここが大坂冬の陣の激戦地。地形を上手く利用した、驚きの戦い方が明らかに。さらに今年発見されたばかりの真田丸の絵図を手に、タモリさん「真田丸探し」の旅へ!高低差に注目しながら歩くと??謎に包まれた真田丸の姿が明らかに!?

(NHKのホームページより引用)

 

ブラタモリ『大阪ミナミ編』『大阪 堺編』が5月18日と5月25日に放送されるらしいですので、こちらも楽しみです。

ブラタモリ大阪編の放送内容は?第53回大阪~大阪はなぜ日本一の商都に?~

ブラタモリ大阪編の内容と実際に行ったときの写真をあわせて、紹介します!

まずは、第53回大阪~大阪はなぜ日本一の商都に?~からです!

高低差のある丁字路

大阪城を築城したのは、豊臣秀吉であることは有名ですが、秀吉は城下町に住む人の生活も豊かにする必要があると考えたため、色々な施策を行っています。

その中の一つに下水道の整備というものがあり、上町台地の地形を利用して、下水道を作っており、それは「太閤下水」と呼ばれています。

この太閤下水は現存するものであり、上町台地にあった川の流れを利用しており、曲がっている部分は、谷底にあった川の流れを利用してつくられました。

ここが『ブラタモリ』で「高低差のある丁字路」として紹介されました。

銅座公園の南側で銭湯のいろは湯がある場所です。

ちなみにこの道は『ごぶごぶ』で浜ちゃんと葵わかなさんが自転車で駆け抜けていた道でもあります。

谷頭(こくとう)らしき場所

太閤下水は上町台地にあった川の流れを利用して作られたことのことですが、この谷川の最上流部分が銅座公園のやや東側にあったと周辺の地形から、タモリさんは考えました。

現在は、民家があり、写真右側にはタワーマンションを建設中で防音壁が建てられています。

今は人口的なものしか残っていませんが、ここが川の最上流だったとは・・・。

町名の境目

通常の町名だとこんな風に道や水路沿いに境界があることがほとんどです。

赤線が境界になります。

ですが、谷町周辺の一部の町名ではこんな風に道で区切られておらず、建物と建物の間にあり、同じブロックの家でも町名が異なることがあります。

これは、僕が引っ越してきたころから、常々疑問に思っていたことです。

『町境わかりにくくない?』『なんでこんな区切りかた?』

 

これも豊臣秀吉の功績の一つで、毎日顔を合わす向かい合った家同志が同じ町名となったほうがお互いにコミュニケーションが深まると考え、通りで区切らず通りをはさんだ両側が同じ町になるよう区切りました。

この町境の位置に太閤下水を設置したことから、太閤下水は別名「背割下水」とも呼ばれています。

 

まとめ

自分の住んでいる谷町がこんなにも歴史的な場所であったとは!

谷町に住んでいることを誇りに思いました。

実際のブラタモリ大阪編の放送では他の場所も巡ったいたようなので、また見に行きたいと思います。

番組は大阪編以外も大変興味深く作られており、最近は『ブラタモリ』を毎週かかさず見るようになりました!