エッセイ

僕と娘とサンタとプリン

 

それは、昨年のクリスマスのことだった。

娘が3歳になって、我が家にサンタクロースが初めてやってきた。

我が家ではサンタの連絡先は妻しか知らない。

娘が「可愛い財布」をサンタにお願いしたことは知っていたが、サンタがどんな財布をチョイスしてもってくるかは僕も当日まで知らなかった。

クリスマスの朝、目覚めるとクリスマスツリーの下にプレゼントが置いてあった。

娘はそれを見て大喜び。

プレゼントを手に取り、娘がなんとも可愛らしい包みを開けると、なんともセンスの良い可愛らしい財布だった。

クリスマスツリーの下にはもう一つプレゼントがあった。

おっさんにもプレゼントを持ってきてくれるなんて、最近のサンタ界は景気が良いに違いない。

おしゃれな包み紙を開けると、入っていたのは、なんと、みきママのレシピ本『世界一親切な大好き家おやつ』だった。

一瞬、なにが起こったのかわからない。

全く身に覚えのない出来事であった。

欲しいと言った覚えもなければ、欲しいと神様にお願いしたこともない。

まさに晴天の霹靂。

思い返せば、最近妻との会話の節々に「みきママ」が出現していた。

みきママが近所でイベントをするので妻が行きたいとも言っていたし、サンタが勘違いして、僕に持ってきたのだろうか。

『世界一親切な大好き家おやつ』を目の前にして、何も感情がわかなかった。

「好き」の反対は「嫌い」ではなく、「興味がない」と良く聞くが、言い得て妙だ。

楽天ブックスで購入すると、楽天市場のポイントがその月に倍付けになるからだろうという何の根拠もない憶測が喉から半分ゲロのように出かけていたが、サンタ界にも楽天経済圏が進出しているのかもしれない。

ゲロを飲み込み、死んだバッタのような目で僕はサンタに感謝の弁を述べた。

それから『世界一親切な大好き家おやつ』はリビングのチラシなどを置いておくいつ捨てられるかわからない「シンクの三角コーナー的な場所」に置きっぱなしになっていた。

ところが、みきママのことなど忘れかけていたある日、転機がおとずれた。

3歳の娘が公園で遊ぶお友達とお菓子の交換をしているとのことなのだ。

公園で良く遊ぶお友達が娘にお菓子をくれるというのだ。

そのお菓子というのもママと一緒に手作りしたもののようである。

それを聞くと同時に幼少期の思い出がフラッシュバックした。

貧乏であった僕は、休みの日にもどこにも遊びに連れて行ってもられなかった。

父親も居なかったし、 週末になると母親の気まぐれでクッキー作りをすることがあった。

どこにも連れて行ってもらえなかった僕には一大イベントだった。

かつてマリーアントワネットが「パンが食べれないならケーキを食べればいいじゃない」と言い放ったと言われているが、貧乏人の僕にはお菓子作りに妙な憧れがあった。

そういうわけで、急激にお菓子作りのスイッチが入ってしまった。

娘を喜ばせたいなんて気持ちはほぼ皆無。

あっても1%程度。

おっさんがただお菓子を作りたいという欲求にかられた。

これは偏見であるが、おっさんがお菓子作りをしているのは気持ちが悪いと思う。

有名パティシエはたいがいおっさんであるが、それはカッコ良い。

でも普通のおっさんがお菓子作りを趣味にしているのはなんか違う。

職場でおっさんが「これ手作りだから食べて」と持ってきたら百人中百人が食べたくないだろう。

そういうもんだ。

だが、お菓子を作りたい。

どうすればいいんだ。

 

・・・僕は違う。

僕には娘が居るんだ。

この娘をダシにすれば誰にも怪しまれること無く、超合法的にお菓子作りができるのではないか。

完全犯罪、名案だ。

ということで、ダシとともにお菓子づくりが始まった。

サンタがくれたみきママのレシピ本には色んなお菓子のレシピが掲載されている。

最初はもちろんクッキーを選んだ。

結婚するときにレンジを購入するにあたり、『レンジにオーブン機能なんていらないでしょ』とのたまったこともあった。

結局、オーブンを機能付きを買った。

でも今は後悔していない。

オーブンでクッキーが焼けるんだ。

心が躍った。

が、クッキー作りは思いのほか、イラついた。

ダシはなんでもやりたがる。

材料を測るにも材料はこぼすし、クッキー生地の成形もむちゃくちゃだ。

みきママは、材料の計量が一番大事だと言っているんだよ!

邪魔をするんじゃない。

しろくまちゃんのホットケーキに出てくるあの有名なフレーズ

「たまご、ふたつ、みっつ、ぽとん。あっ。われちゃった。」

をリアルにやられると

「ゴルァ!!!!」

とぶち切れたくなるくらい、イラつくことがわかった。

全てを 1人でやりたかったが、世間体というものがある。

そこは大人の対応でなんとか切り抜けた。

結果として家のオーブンで焼いたクッキーは格別だった。

見た目はぼこぼこ。

でも味は格別。

さすが、みきママ。

世界一親切は嘘じゃない。

それから、週末になるとダシとともにお菓子作りをすることが増えた。

クッキーは2回作った。

クッキーの次は、スコーンにした。

スコーンは妻にすごく好評だった。

材料を混ぜてオーブンでやくだけなので、 しろくまちゃんのホットケーキにでてくるあの有名フレーズ

「ざいりょうはなあに。こむぎこ。さとう。ふくらしこ」

を口ずさむことができる。

たのしい。

お菓子作りは実に楽しい。

みきママは偉大だ。

しがないおっさんに夢を与えてくれる。

子供にお菓子作りの楽しさ、さらには作ったお菓子を食べるという欲求をを満たしてくれるのだ。

ブログの日アクセス数120万pvは伊達じゃない。

こうなってくるとみきママのプロフィール写真がマリーアントワネットに見えてくる。

きっとマリーアントワネットの生まれ変わりに違いない。

次のステップアップとして、レシピ本からプリンを選択した。

プリンは何を隠そうおじゃる丸の大好物である。

そんな子供に大人気のプリンを作るためには、基本的に卵、牛乳、砂糖さえあればOKだ。

あとは、お好みに応じてバニラエッセンスを10滴ということだったので、実に簡単そうに見えた。

せっかく作るのだからよりおいしくしたいという衝動が抑えられなかった。

バニラエッセンスなどプリン以外の使い道が香水の代わりに付けることくらいしか思いつかないが、マリーアントワネットの言うことだ。

間違いなどあるはずはない。

業務スーパーで190円で売っていた。

スーパーの安売り3個入りプリンなら2パックなどという要らぬ計算を頭の中でしながら、清水の舞台から飛び降りる覚悟で購入した。

これで材料は全て揃った。

あとは、ダシをけしかけるだけでプリンが作れる。

プリン作りはレシピを読む限りは簡単そうに見えたが、意外と難しかった。

カラメルを作る工程では、

『砂糖、水を鍋に入れ、きつね色になるまで、煮込んだら全体になじむようにかき混ぜカラメル色にする』

というものがあるのだが、何を血迷ったか内面が黒色の鍋を使ったので、色の変化がわからない。

しかたないので、だいたいの時間で手を止め、プリン用のカップに移し変えた。

厳密に言えば、カップが無かったので、丁度良いサイズの湯のみに入れた。

湯のみに移し変えて初めて色が認識できるようになったが、どうにもきつね感がすごい。

良く言えばリアルゴールド、悪く言えば小便みたいなもどろどろの液体が出来上がった。

カラメルのことをなかったことにしたかったが、貧乏性からか捨てるわけにも行かず、そのまま続行した。

卵、牛乳、砂糖を混ぜ合わせバニラエッセンスを投入した。

何とも幸せな香り。

ダシもかき混ぜながら、匂いをかぎ恍惚の表情を浮かべている。

見た目、香りはほぼほぼプリンだ。

あとは湯飲みにアルミホイルをかぶせ蒸すだけだが、ここでもつまずいた。

火加減が良くわからない。

世界一親切なレシピ本には中火と書かれているものの我が家のコンロの中火が良くわからないからだいたいの火加減にした。

既定の時間蒸した後、冷蔵庫に冷やす工程に移った。

夕食の後に食べることにして、それまでダシと公園で遊ぶことにした。

公園で遊んでいる間もダシはプリンを食べることをすごく楽しみにしていた。

家に帰って夕食を摂った後、冷蔵庫から手作りプリンが登場した。

アルミホイルをはがすと、プリンは「つるんっ」ではなく、「ボコボコ」だった。

いわゆる「すがたつ」という状況だった。

お菓子作りで見た目が悪いのはいつものことなので、味は間違いないだろうと確信を持って、僕は一口プリンを食べた。

無論、モロゾフのプリンと比べて特別おいしいわけではなく、モロゾフとの共通点と言えば食べた後、容器をコップとして使用できるというくらいだ。

ただ、手作りというプラスアルファが加わり、なんとも素朴な味で非常においしく感じた。

妻も一口食べて、 「おいしい」 と言ってくれた。

そんなほのぼのとした食卓の片隅でダシが言い放った。

「くさい」

ダシが言った言葉が理解できなかった。

「く・・くさい?」 「なにが?」

ダシの妹が食事中であるにも関わらず催したのかとも思ったが違った。

明らかに「くさい」の矛先はプリンに向けられている。

子供は時に残酷だ。

周りのことなど気にせず思っていることを口にしてしまう。

一度こうと決めたらテコでも動かない。

結局、ダシは一口もプリンを食べなかった。

だが、お菓子を食べたいという欲求は満たされないので、普段から好んで食している「アンパンマンせんべい」を食べた。

フランス革命でマリーアントワネットが処刑されたように、栄枯盛衰、おごれるものは久しからず。

あっという間に我が家のお菓子作りは終焉を向かえ、レシピ本はリビングのあのコーナーに 戻ることになった。

結論→みきママが全部悪い